写真と文学

文学史上はじめて写真を登場させた作品は何なのだろう。なかなか難しい問いであるが、犯罪の証拠となった写真を描いたのは、ディオン・ブシコー(Dion Boucicault)の1859年の戯曲『The Octoroon』が最も初期のものであることは間違いない。
The octoroon; or, life in Louisiana : a play, in five acts : Boucicault, Dion, 1820-1890 : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive


この戯曲の存在を教えてくれたのはトム・ガニングの論文である。
What’s the Point of an Index? or, Faking Photographs | Nordicom


ただガニングは、写真が証拠として突きつけられる、戯曲の終盤の場面にしか言及していないが、先学期の演習でこの戯曲を講読して、問題の写真が撮影される場面の、興味深い記述を見つけることができた。その場面の拙訳はこうである。

「俺が撮影して自分の似顔も撮らにゃならん。だがいったいどうやって? あっちにもこっちにもいることはできない。俺は双子じゃないからな。そうだそうだ。待てよ、見てみろワノーティよ。この布切れが見えるか? じゃあ俺が行けと言ったら、こんなふうに布を持ち上げるんだ、いいな! それからあそこにある松の木まで走って〔中略〕、また戻ってきて、こうやって布を下ろすんだ、いいか?」

ここではポールとワノーティという二人の登場人物が、自分たちの姿を写真に撮ろうとしているのだが、そのうちの一人がカメラから「松の木まで」走って往復することで、自分で自分の自画像を撮ろうとしているのである。露光時間の長さを逆手に取ったトリックだ。だとすれば写真史上初の自画像と言われるイポリット・バヤールの、いわゆる「溺死」写真も、同じようなやり方で撮影されたのではないか? このような写真と自画像の問題は、拙論「三脚写真論」(『photographers' gallery press』 no. 13所収)で少し触れたので、ぜひご参照ください。

photographers' gallery press no.13

photographers' gallery press no.13


なおこのように露光時間の長い写真では、ブシコーの戯曲で描かれるような殺人の現場の決定的写真は撮影できるはずがないのだが、むしろブシコーは、その後の瞬間写真さらには監視カメラ的なものを予見していたと言うべきなのだろう。


バヤールの「溺死」写真はこちらなどで見られます。
Avec Hippolyte Bayard, la photographie devint fiction - Arts et scènes - Télérama.fr